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備忘録/ Memorandum

【2016年残暑:9月1日】

*画像は拡大できます。
今年の9月1日でスペインに来てから4年経過しました。マドリードに着いた時のことは今でも鮮明に覚えています。
夫は当初EUとの契約で赴任先がスペインでした。その後も運良くスペインで契約延長、そして延長に次ぐ延長で今に至ります。最初はスペインが本当に嫌だったのが信じられないくらいです。おそらく私達は来年移動です。スペインへ来るまでのこと、海外へ引っ越しの私の体験を書いておこうと思います。
家を持つと転勤が決まるという噂を聞いたことがありますが、私達も家が完成し入居後半月足らずでスペイン行きが決まり、新居には半年ほどしか住めませんでした。出発は8月で私は直前まで仕事をしていました。これは良くないことでした。荷物の準備、役所の手続き、人に会うなどやることはたくさんあるからです。荷物は運送会社の見積りも取りましたが、郵便局の船便で全て送りました。全部で23箱、25万円ほどかかったと思います。この時はまだスペインでの住居が決まっていないので、ひとまず大学宛です。後で知るのですが、選別が面倒になった夫が途中から荷物を全部送るように詰めたようで、届いて開けてみてびっくりでした。
今思い返してみて何が一番大変だったかというと荷物の選別です。持っていくもの、捨てるもの、あげるもの、預けるもの等に迷ったこと。それと自宅を早く空にすべきだったと思います。比較的新しい家電を持っていたので処分にためらい、暮らすのに必要なものをいつまでも持ち続けていたため、最後に家を出て駅に向かう途中のコンビニで掃除機を家族宛に宅配便で送ったり...。結局出発の前の晩までゴソゴソやっていました。23Kgの荷物を2つ持てたので、スーツケースの他に特大のバックパック、それとヴァイオリンで行商の人を超えた出で立ちだったと思います。小さな鍋とブリタのポットを持っての出国でした!


日本を出てフランスに到着、パリの友達の家に泊めてもらい、晴れて自由になったことを楽しもうと思ったのですが、私はとにかく出国までが大変すぎていつまでも目が回っている感じでした。服装も酷かったです。その後、夫の祖父母の家で2週間過ごしましたが、インターネット回線がないので完全にマドリードでの物件探しに遅れました。特に学生が多い地域だと引越しのルールみたいなものがあるようで、それについては機会があれば書いてみたいと思います。
フランスからマドリードまでは私の希望で電車。寝台付の一等車で所要時間13時間。夫は最初から嫌がっていましたが私はとても楽しみでした。当日、線路の工事か何かで殆どの電車が遅れており、電車が入ってきて大量の荷物を座席まで親戚が運んでくれたのですが、乗務員にスペイン語でまくしたてられ降ろされて、さよならも言わないまま出発。この時のべらんめえ調のスペイン語ショックがこの後しばらく続くことになります...。食堂車に夕食に行くと満席で22時30分に来て、と言われましたがこれもスペインではそれほど遅くない時間帯ですが、当時は驚きでした。美味しいフランス料理でしたが、食事を終えたのが24時過ぎ。部屋にはシャワーもあり、浴びると惨劇。シャンプーなどの備品がポーチに用意されていましたが、指で触るとポロポロと毛が取れる歯ブラシだったり、今思えば最初のスペイン標準(笑)。翌朝日の出を見ながら朝食をとり、見渡す限り石ころのような大地が続く景色に呆然とし、朝チャマルティン駅に到着しました。予約したキッチン付きのホテルに約3週間、その後何とかアパートも探し、日本からの荷物が到着するのにさらに約1か月。モノがない生活は必然的にシンプルになるのだということを経験しつつスペインでの日々がスタートしました。
Paris-Madrid間の夜行列車はおそらく今走っていないと思います。2回利用しましたが、食堂車やカフェテリアの非日常具合がとても良かったのに残念です。